奇妙な夫婦愛

とある記事を読んで考えてみました。とある夫婦の相手に対する思いやりの気持ちと行動が、最終的には運悪く警察沙汰になってしまった、という内容です。読みながら私の頭の中では、信じがたい部分があり・・・府に落ちない、と言う感覚なのです。
『ボタンのかけ違え』、これは男女関係においては関係消滅へのキッカケ、というイメージが強いのですが、この夫婦にとっては夫婦関係を守るために、良心的発想の故意の『ボタンのかけ違い』を繰り返しながら現実から目を背けていたのかもしれません。

夫は安定したサラリーマンで妻に専業主婦を望み、妻は専業主婦として夫をサポートしていたのですが事の始まりは夫のリストラ。しかし夫はリストラされたことを妻には告げず、行くあてもないのに愛妻弁当を持って出かける。妻もなんとなくは気づいていたけれども問う事はしなかった。更に、夫が給料を入れられなくなっても貯金を崩しながら生活を送り夫に問う事もしなかった。
夫は妻への気遣いとしてリストラされたことを隠し、妻は給料を入れられない夫に気遣い何も言わず。互いに、その話題には触れない事が相手に対する気遣いと思っていたのだそうです。
そして、ここからが宇宙人的発想とでも言いますか・・・夫婦はいつも通りの日常生活を送るも、貯金が底をついた時点で妻は一生懸命考えざるを得なくなるのです。働いて収入を得たい、しかし定職に就けば専業主婦を望む夫を裏切る事になる。夫が望んでいる専業主婦という立場でお金が稼げる方法として出した結論は、素人が足を踏み入れる世界とは思えない、何と路上で客引きをする売春。選択した理由は、現金収入で時間の都合が付くことだったそうです。
うまくやっているつもりでも夫は妻の変化にすぐ気づいて妻を尾行、路上で売春の客引きをしている事は容易に想像できたのにも関わらず問い詰めることもしなかった。
現実の根底にある問題には目を瞑り、夫はサラリーマンを装い、妻は幸せな専業主婦を演じ続けながら夫婦生活を送っていた。
妻は客を見分ける力に欠ける素人、結果、立ち回り中の私服警官に声をかけてしまい逮捕されてしまう。

起訴され裁判での夫婦の陳述。
夫は泣きながら、「私の仕事さえ決まれば、すべて元に戻ると考えていました。妻をいまも愛しています。今回の件を責める気はありません。」と証言し、その証言を聞いた妻も泣き・・・
しかし、しかしですよ、肝心の夫が真摯に向き合うべき現実に関して語られたことは、
「仕事ですか? まだ決まっていません。職種や収入の面で希望と合致するものがなかなかなくて……」と言う甘ったれた言葉。事がこうなっていてもこの発言、唖然とします。

夫婦生活を続ける過程では、色々と問題が発生するのは当たり前。問題解決に向けて向き合う際に、相手に対して思いやりや気遣いよりも感情が大きく出てしまうと、本題以外の部分で厄介な揉め事が多々発生する事もあります。ですから出来るだけ感情を抑え、前向きに向き合う事を求められます。しかし、この夫婦の様にお互いへの気遣いだけを優先すれば現実から目を背けることとなり、問題が起きていていること自体もスルーする様になってしまうのです。
夫のリストラは夫婦生活の危機に間違いなく、それでも生きていかなくてはならないという厳しくて逃げられない現実なのです。事の始まりを誤魔化せば誤魔化し続けるだけの時間だけが過ぎ、決して事態が好転することはないでしょう。
夫婦で向き合い、その結果で夫婦生活を守る、という選択をしたのであれば専業主婦という立場は優先順位から外れます。リストラだけではなく夫が病気になり収入の目途が立たなくなる状況もあり得ます。夫婦ですからGIVE&TAKE。厳しい現実と向き合った結果、専業主婦だった女性が働きだすケースは全く珍しくありません。そのような場合、良い意味で覚悟を決める開き直りは必要だと思います。
しかし悪い意味での開き直り、問題を直視できず優先順位を間違えてしまえば甘えであり、短絡的な発想しか生まれないのだと思います。
現実から目を背けて現状を打開する事は出来ない、という核心、この夫婦は気づくことが出来るのでしょうか? この夫婦の、お互いへの気遣いを「奇妙な感覚」と捉えざるを得ないのです。

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