結論から言おう。野郎への接触工作は見事に成功した!
いや、成功しないワケない!
だって、妻ラブのオレでさえ、誘われたら危ういと思うほどの美人なんだからさ!
またまた事務所に訪れたオレは、Nさんから経過の説明を受けた。最近、よく会ってるよね、Nさん。ちょっと痩せたんじゃない? あんまり、無理しちゃダメだよ。
「無理させてるのは、近藤さんだったりして。冗談ですよ」(笑)。
ムムム。キツイなあ、Nさん。冗談に聞こえないよ…。ムッとした顔をしていたであろうオレを尻目に、説明を続けるNさん。
「ポイントは、やはりフェラーリでした。とくに裕福というわけではない対象者ですからね。いわゆる車貧乏というやつです。ということは、自慢できるものは車しかない。それを褒めてやれば、悪い気はしないものですからね」
ふ〜ん、なるほどね。そういうプロファイリングまでして工作は進めるもんなのかあ。調査方法でうならされたけど、工作に関しても、やっぱプロだね。というワケで、ここからは、工作の現場で何が起こったのかを小説風に綴ってみよう。
女は、獲物が近づいてくる気配を感じ取っていた。職業は探偵。コードネームはS。工作員と呼ばれるスパイ活動のプロだ。調査員が対象者の動きをフォローしていた。職業病とも言える連絡癖が災いし、調査員が、Sの集中を妨げる状況報告を入れてきた。Sは、クールにたしなめる。
「アナタが慌ててどうするの? まだ移動中じゃない。対象者がこっちの方に来たら、正確な場所を教えてくれればいいのよ!」
その日、対象者は、依頼人の妻を乗せてドライブを楽しんでいた。場所は、依頼人が妻に仕込んだGPSが教えてくれる。しかし、デートをしている最中の対象者には接触できない。つまり、途中経過は、Sにとってまったく不要な情報なのだ。
Sは、対象者の動きを予測していた。依頼人の妻と会ったあと、対象者は、必ず家の近くまで依頼人の妻を送っている。今までの調査で判明しているポイントは2箇所。つまり、そのどちらかに、ふたりはやって来るということだ。Sは、両方のポイントの中間地点で待機していた。
「駅です! このままの流れだと、確実に駅方向です。現在、駅の手前1キロの地点!」
これだ。Sは、この情報を待っていた。駅までの距離は500メートル。アクセルを踏み込み、Sは、駅のロータリーへ急行した!
車を乗り捨て、駅の脇にある売店の影へ身を潜めるS。そこへ、タイヤを軋ませながら、対象者が運転するフェラーリが滑り込んできた。助手席の扉が開き、依頼人の妻が降り立った。
「今日で最後よ。別れの挨拶は、しっかりしておくのね」
Sは、心でそうつぶやいた。Sにとって、“つぶやきの儀式“は、別れさせる相手へのレクイエムであった…。
依頼人の妻は、家へ向かって歩いて行く。振り返る様子はない。生活圏内に入った浮気相手は、とたんに冷たくなるものだ。一方の対象者は、いつまでも、その後ろ姿を目で追っていた。その距離200メートル。チャンスだ! ゆっくるとした足取りでSは、対象者に近づいていった。振りかけたばかりの香水が生々しく漂う。Sの存在に気付いた対象者が振り返った。
『いい女だなあ…』
対象者の心の声が、Sにはハッキリと聞き取れた。目と目が合うふたり。釘付けになっている対象者に、Sは、静かに。しかし、大胆に声を掛けた。
「いい車ですね。カッコいいなあ。私、フェラーリって乗ったことないんですよ。よろしければ、乗せてもらえません?」
唐突、不自然、怪しい、違和感。シチュエーションから考えられるネガティブなイメージのすべては、Sを前にしたとたん、一瞬にして消え去った。対象者は、ただただ唖然としつつも、Sの願いを叶えるしかないと心に決めているかのようだった。
「ど、そうぞ。低いから頭に気をつけてくださいね!」
獲物は食いついた! ファースト・コンタクトをクリアーしたSは、シートに腰を落ち着かせると、長い脚を組んでみせた。ミニスカートからは、際どい太腿が露になっていた…。
「シ、シートベルトをつけてね! そ、それじゃあ、しゅっぱ〜っつ!」
ふたりを乗せたフェラーリは、爆音を轟かせ、駅のロータリーを後にした…。
「近藤さん? 話、聞いてます?」
おっと、ゴメンよ、Nさん。ついつい夢中になっちゃって(汗)。しかし、まあ、こんな感じだったに違いない。そして、Sさんの本領が発揮されたのは、そのあとだった!
「こんにちは、近藤さん。それ以降の流れは私から説明いたしますね」
Sさ〜ん! OH! セニョリ〜タ! 会いたかったよ〜!
…なんだか、野郎の気持ちがわかったような気がしたオレなのであった…。