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「別れさせ工作」 東京都武蔵野市 30代 男性 会社員 近藤さん(仮名)より

調査編・・・「1.意外な展開に」


○月×日。それは、ウチの家族にとって普通の朝であった。オレ以外は…。そう、この日、ついに妻を尾行してもらうのだ。百戦錬磨の兵どもに。頼むぞ駒。行け、探偵さん!

 興奮のあまり、よく眠れなかったオレ。普段より1時間前には起きてしまったので、あれこれ想像を巡らしていた。もちろん、野郎のことを…。アゴに手を当てつつ、尻尾を出しまくるマヌケなふたりの姿を想像し、思わず口元がニヤつく。ふと気が付くと、目を覚ました妻が、いぶかし気にオレを見ている。おっと、いけない。何をしているんだ、オレ。Iさんの言葉が甦える。

「くれぐれも、不審な行動をとって、奥さんに気付かれないようにしてくださいね」

 悟られてはコトだぞ。何か言って誤魔化さないと。そこで、妻に一言。

「カワイイ寝顔だったよ。オレ、幸せものだなぁって、しみじみ感じてたんだぁ…」

激不審! 妻の引きつった笑顔が、誤魔化しきれなかった事実を物語る。バツの悪さに、そそくさとリビングへ。朝飯も食わず、身支度を整える。クゥ〜、妻のヤツめ、とぼけた顔して鼻歌なんか歌っていやがる。まあいい。ゼッタイに尻尾を掴んでやる! オレの不審な言い訳で警戒されたとしても人間である以上、きっとミスを犯すハズ。…であってくれ、じゃなきゃ困る! だよね、探偵さん! ウッ、ネクタイを締め上げ過ぎてしまった。

「い、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

会社へ向うオレに妻の乾いたルーティーン口調が突き刺さった。本当は仕事をばっくれて、オレも見張りたい。イヤ、ここはプロに任せておけばいい。しかしなぁ…。前髪が何本か抜けそうなくらい後ろ髪を引かれる思いで、オレは出勤していった。頼む、尻尾を出してくれ!

 通勤途中、突然、携帯がブルブルと震えた。Iさんからメールだ。

『おはようございます。1班、ターゲット男性宅に到着。2班、まもなく近藤さん宅に着きます。』

おお、駒たちよ。ちゃんと、来てくれていたんだね。頼りにしてるぞ、心の傭兵!

『妻が出てくるまで、張り込んでください。』

と、早速返信。

「了解です。少し早めに着いて、現場確認します」

「よろしくです」

何やら組織の一員になったような気分。なぜか周りが気になる。そして胸が高鳴る。サイは投げられたのだ。しかし、報告が入るたびに、もどかしい気持ちになっていったのだ…。いったい何が起こったのか?

 ここからは、オレが受けた報告と、その後に探偵さんから聞いた状況説明の2バージョンで伝えることにする。

 

<エピソード1>

会社へと向っている途中のオレに、探偵さんから逐次報告が来る。満員電車の中、身動きひとつ取れない状態で、口元をこすらんばかりの位置に携帯を固定してメールでやり取り。

『男が、マイカーで出発。高速に乗りました』

ムムッ、野郎はマイカー通勤らしい。こっちは電車通勤なのに。イチイチ腹が立つ。その車でウチの妻とあんなことやこんなことを…。ああ、イカン、冷静になるんだオレ。今の段階で、野郎は真面目に会社に向かうのか、妻と会うのかは、まだ判らない。

『もし男がこのまま出社して、1時間経っても会社から出てこなかったら、今日は終了にしましょう』

と返す。ボタンを押す親指が鼻に当たる。イライラが募る。いつも、子供が帰る頃には妻は家に戻っているようなので、野郎と会うのは昼くらいまでだろう。そんなことを考えていたところに、第2報が飛び込む。

『男の車は凄いスピードで、追いつけないそうです』

オレの家を見張っている2班からの報告だった。野郎を追っている班からの報告をこちらに送ってきたのだった。ヤバイよヤバイよ。見失わないでよ、探偵さん!

 季節は夏真っ盛り。冷房の効いた車内なのに、水玉のような汗を垂らすオレ。やがて汗の滴は流れとなり、オレの目に刺しこんでくる。メールの文字がボヤける。

『尾行がバレたとか?』

必死に状況を知ろうとするも、このくらいの文字数を入力するのが精一杯。

『家からスタンドへの一般道でも飛ばしてたので、バレたとは思えません。武蔵野へ向かって合流していいですか?』

『了解』

という返事とは裏腹に、まったく落ち付きを失ったオレ。野郎を見失ってしまったらしい探偵さんの動きにイライラが沸点にきていた。

そして、30分くらい経過した頃。

『奥様が出てきました。駅前交差点を曲がり、公園の方へ歩いて行きます』

というメールが、2班より届いた。おお、ついに動いたか!

 汗が染み込み、充血した目を気合いで開いて携帯の画面を凝視した。その後も刻々と経過報告メールが届く。

『●●ビルの陰に対象者男性の車が停まっていて、辺りを気にしながら、小走りで乗り込みました』

やった! それにしても、こんなに俺の家の近くで待ち合わせるなんて、大胆不敵。ナメた奴らだ!

『追ってください!』

頼んだよ、探偵さん! 今度こそ見失わないでね。しかし、野郎の車は迷走を続けている模様。頻繁に2班からメールで連絡が入る。

『同じ所をぐるぐる回ったり、駐車場で10分くらい停止したり。目的地が判りません』

『妻と同行なのは確かなんですよね? それを写真に撮って…』

電車が急停車。携帯のアンテナが鼻に突き刺さる。笑いをこらえるまわりの乗客。なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないの?

『それはやりました。でも、これだけでは不十分です。例えばホテルなどの目的地がわからないですから』

『ともかく、できる限り追ってください!』

『わかりました』

 その後、しばらく、探偵さんからのメールは、野郎の車を追うので必死という内容が続いた。

『ダメです。一度高速を降りたのですが、また乗って、爆走しています。目的地は不明ですが、あの速度には、付いていけません』

ええ、ナニやってんの? しかし、見失ってしまったのでは、仕方がない。

『無理をしてもしょうがないので、ここで撤収してください』

この時、目が充血していたのは、涙があふれてきたからだった。鼻水も垂れてきた。まわりの乗客の肩が揺れている。ああ、おかしいだろ? 笑いたいだけ笑えばいいさ! もうどうなったっていいんだ。

『わかりました。とりあえず、撤収します。後ほど、早々に、報告とこれからの事についてのご連絡をします』

見失っておいて、ナニのんきなこと言ってんだ! しかし、メールは多く打てない

『了解』

気持ちは『ちょっと、頑張ってくださいよ! プロでしょ? これじゃあ意味ないじゃないですか!』。心で叫びたいだけ叫んだ。すると、駅に到着した瞬間に携帯が鳴った。妻からだ…。

「は、はい。どうした?」

「今、出かけてた。ぶっちゃけて言うと、家からずっと追われてたんだよね」

「え? どういう事?」

「誰かに後を着けられてたのよ」

「本当に?」

「ウソを言ってもしょうがないでしょ」

「追われって、ナニ? ストーカー?」

よし、アドリブとしてはイケてる切り返しだ。

「ううん? わからないけど…」

「意味が判らない。怖いな!警察へは連絡した?」

「しないよ。すぐ消えたし」

「今から休暇とって帰るから。それから話聞くよ」

もう、仕事どころじゃないよ!

「ううん、大丈夫だよ。あのさ、これ、もしかしてアナタがやらせたんじゃないの?」

「え? ナニを?」

このとき、オレの声は2オクターブは高くなっていた。そういえば、オレは探偵さんにこう言っていたことを思い出したのだ。

「ウチの妻は天然ですから、周りを気にしたりしませんから。気付かれるようなことはないと思いますよ」

後の後悔、先に立たず。電話を切った瞬間、その場で気を失いかけたオレなのであった…。

 

<エピソード2>

後日、探偵さんから状況報告を受けに事務所へと向った。妻に関して「天然だから大丈夫」と侮っていた自分に後悔半分、不甲斐ない動きに思えた探偵さんへの憤り半分というフクザツな心境で扉を開いた。

「あ、どうもお疲れ様でした…。大変でしたね」

これが、オレなのだ。やさしい、やさし過ぎる! もっと気持ちを器用に表現できるオレだったなら、妻も浮気なんかしなかったんだろうなぁ…。

しかし、探偵さんから聞いた現場の報告は、オレの感傷など付け入るスキもないほどにエキサイティングで、想像を絶するものであった!

 まず見せてもらった写真。助手席に妻らしき女の姿がある。それは良いが(良いってこたぁナイが)、その車……。なんと、爆走していたという相手の車は、フェラーリだったのだ!

 一般道ですら100km/hで飛ばす相手。高速道路では、他車の間をすり抜けながら200km/h以上出していたというではないか。これじゃあ追いつけるワケないよ。妙にナットク。しかし、探偵さんたちは、粘ったのだった。調査車輛はぶっちぎられたものの、徒歩で妻を尾行していた2班は、妻がフェラーリに乗り込むとスグにタクシーをゲット。この運チャンが、元レーサーだったというのだ。追跡を頼むとと「任せてくれ!」と言わんばかりにレーシング・グローブを装着。高速では制限速度を軽くオーバーする180km/h近く出して追跡をしてくれたらしいのだ。

「いやあ、タクシーの車体って、板金を重ねた張りぼてでしょ? あのスピードだと、高速の継ぎ目を通過するたびに車体が歪んで生きた心地がしませんでしたよ」(苦笑)。

飛ばすフェラーリ。ぴったりとついてくる異様に速いタクシー。そりゃあ目立つよ…。バレて当たり前。ここまで追跡を引っ張ったオレにも責任がある。しかし、激走も虚しく振り切られてしまったのだという。それにしても、野郎は相当羽振りのいいヤツらしい。次なる作戦を練り直さなくては…。

「だいたい状況はわかりました。このパターンなら策はあります。それを話し合おうと思いまして」

このとき、すでに探偵さんは、新たな調査方針を考えていたのだ。その奇想天外な方法とは!?