高校から大学までエスカレーター進学。高校も推薦入学だったので、受験の経験がないんです、私。
世間的に見れば、苦労知らずって思われるかも知れませんね。実家も東京ですし、18歳で免許を取ったときにも父親から車をプレゼントされるなど、おかげさまで、不自由のない裕福な生活を送ってきました。
大学時代に入ったテニス&スキーのサークルで彼氏も出来て、楽しい大学生活を過ごし、就職も決まって順風満帆。このまま進めば、私の人生は完璧でした。きっと、体験談も何もない生活を送っていたに違いありません。でも、安心してください。こんな風にはなりたくないというほどの苦悩を味わうことになるんですから。
まさか、“苦労知らず”のツケがこんなかたちでやってくるなんて、そのときは、思ってもみませんでしたけど…。
留学経験で英会話が得意だった私は、そのスキルを買われ、とある外資系コンサルティング会社へ入社を果たしたのですが、入社1年目で新しいブランチの設立に合わせて仙台への赴任が決まったのでした。
社会人になりたてで、いきなり、見知らぬ土地へ。
しかも、はじめての一人暮しと不安だらけな状態での生活がスタートしていきました。
彼氏は東京の会社に就職してしまったので、遠距離恋愛ですれ違い気味に。結局、夏を過ぎるころには、向こうに新しい彼女が出来て、別れたんです。
仕方ないんですよね。
電話で話していても、彼には八つ当たりばっかりだったし。というのも、自分でも気付かないうちに、目に見えないストレスで参っていたようなんです、私。
自分で考えていたより社会人生活って厳しかった。外資系だから大丈夫かなと思ってたんですが、やっぱり、男尊社会的な風習があって、満足のいく仕事をさせてもらえない。
会社から帰ってもひとり。仙台で友人を作る時間も体力もないままに、すっかり疲れ果て、ホームシックに陥ってしまったのでした。
大学時代の友人に泣きの連絡をしてみても、タダの愚痴程度にしか聞いてもらえず、くやしくていっぱい電話したもんだから、最後には電話も取ってもらえなくなって。
本当に寂しかった。
そして、そんな心の隙を見透かされたように携帯に飛び込んできたのが、出会い系サイトの営業メールだったのでした。
東京に居たころの私だったら、間違っても出会い系サイトで遊んでみようなんて思わなかった。
街でスカウトに声を掛けられるのも腹を立ててたくらいですから。だって、ああいう人達は、田舎者ばかり狙うって言うじゃないですか?
私は東京の人間なのに、田舎者に見えるのかって、言いたくなる。
出会い系サイトだって、モテない人間がやるものだと思ってた。だから、携帯への営業メールなんて、タダのウザイ迷惑メールに過ぎなかったんです。
でも、仙台赴任で疲れ果てていた私には、唯一、かまってくれるやさしい友人のように思えてしまって。いくつか開いてみたサイトの中で、一番、いやらしそうじゃないところを選んでアクセスしてみたんです。
プロフィールを記入して掲示板にメッセージを書き込んで。すると、あっという間に10人以上もの男性から返事が返ってきたんです!
活き活きとした人間の声が、文字を介したメッセージになって送られてくるんですよ。
誰も振り向いてくれないと落ち込んでいた、私に向って。まるで、砂漠で倒れかけていたときに大粒の雨が降ってきたような感じでした。
本当にうれしくて、全員に返信を送ろうと思ったのですが、いくつかのメッセージは、エッチなことがいきなり書いてあったりもしたので、とくに丁寧でやさしそうな相手を選び、返信。
こうして3人のメル友ができたのでした。
気持ちを伝える絵文字の使い方も、知らず知らずのうちに上達してたりして(笑)。
皆、私の愚痴なんかもやさしく受け止めてくれるから、思いっきり甘えて1日に何通のメールを送ったかわからないくらいになっていきました。
ついには、仕事以外にも趣味の話から恋愛についての考え方まで、いろんなことをメールし合うようになり、いつしか、すっかりハマってしまって。
3人とも紳士で素敵な大人の男性ばかり。
そして、私は、3人の中でも、とくにラーメン店を経営しているという田島さんという男性を強く意識するようになっていったのでした…。